ひと粒の麦

■ひと粒の麦■


みなさんは「麦」から何を連想しますか?
青空の下、ただ一面の麦畑。
麦踏み、麦藁帽子。
麦焦がし、懐かしいお菓子です。
サリンジャーの「ライ麦畑でつかまえて」
麦秋という素敵な言葉もありますね。
私にとって「麦」は、おばあちゃんの炊いてくれた、少し焦げのある麦ごはんです。
重い木の蓋をのせた大きな釜。煤で黒光りした、天井や梁、柱、壁。かまどに火を入れ、よく乾いた松葉を補いながらこんな歌をうたってくれたものです。
「はじめチョロチョロなかパッパ、ブツブツという頃火をひいて、ひとつかみの藁燃やし、赤子泣いても蓋取るな」幼い頃にはその調子の良さが面白くて、夕食の支度をする祖母にまとわりついては困らせていたようです。こうして自分で御飯を炊くようになってみると、この歌の持つ意味がよくわかって、また違う感慨があります。
それにしても、ぺたっと扁平な押麦は白米の歯ごたえとはまったく別のもので、ほんの少し麦を混ぜるだけで味わいに野趣とぬくもりが加わるような気がするのは、私だけでしょうか。
歴史をたどると、小麦や大麦と人との関わりはずいぶん古くからのもののようです。
中国・朝鮮を経て、あるいは中国の広東省からポリネシアを経て日本へ伝わったなど諸説ありますが、伝わった年代は定かではありません。
しかし、発掘された縄文時代の遺跡から麦の穂の形のついた土器が発見されて、麦は縄文時代にはすでに我が国でつくられていたのではないかといわれています。
明治の終わり頃から日本でも小麦は製粉原料として商品化されはじめましたが、現在では価格の安いアメリカ産・カナダ産の小麦を大量に輸入し、需要のほとんどを外国に依存している状態です。
輸入小麦には生産地で使用される農薬のほかに、保存性を高めるために殺菌剤・殺虫剤その他の薬品が多量に使用されているといいます。
経済性や利便性を追求するあまりに、『安全性』という食品としての最低条件さえ危うくなってしまうのでは言語道断です。ましてや米や麦を主食として毎日食べている民族は多いのです。
麦畑ののどかさや爽やかさ、おばあちゃんの麦ごはんのぬくもりを昔話にしてしまいたくはないのです。

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